最近大変なことが多くなって、はぁ・・・と悩むことばかりなのですが
そういった中で気づきもあります。
およそ7年前、息子が生まれて育児が始まり
寝たきり、自力で呼吸ができないという、生まれる前は想像もしていなかった育児が始まりました。
育児自体も分からないことだらけで、そこに医療ケアまで入ってきててんてこまいではありました。夜もろくに眠れず体力的にキツさはありましたが、そこはまあ何とかなるものです。
それよりもきつかったのが「障害」との戦いでした。
ひとつはこの子の今後を思って。
目も見えず、耳も聞こえず。自分で動くこともできず、寝返りや目を開けることもありません。そして辛いのが、おそらく回復しないということ。
奪われてしまったこの子の出来ることを思って、これからどうなるのだろう。何でこの子がこんなことにと悩み続けました。
もう一つは私自身の気持ち。
やはりどこかで私自身も障害というものについて思うことはあったんです。
この子自身に何か変な気持ちを持つことは全くありませんでしたが、何か思われるんじゃないか、言われるんじゃないかってはじめはドキドキしていたのを思い出します。
あと一つは周りの気持ち。
実際にこの子と過ごして気づいたことなのですが、やはり世間にはまだまだ壁があります。どこかで好奇の目で見られ、まだまだ受け入れられない部分を痛感しました。
そんな中、娘が生まれました。
娘の育児は上の子とは全く違うものでした。
違った意味でこんなに大変なものなのかと😅
こうやってどちらも経験してみて実感したことがありました。
そうちゃんがいてくれたおかげで
娘がちょっとした仕草を見せてくれること、泣くこと、笑うこと。
そんな当たり前のようなことすべてが、こんな幸せなことなんだと気づくことができました。
反対に娘がいてくれたおかげで
そうちゃんは身体であらわすことはできないけど、こんな泣きじゃくるようなことを我慢していたんだとか、こうやって楽しんでくれていたのかなとか、今までこちらが想像するしかなかった気持ちに気づくことができました。
ふたりがいてくれたおかげで
それぞれにつらいことや負けそうなことがあっても、どっちかが支えてくれました。
当たり前のことに感激し、笑えるっていうのはとてもいい生活だと思います。
そんな生活を運んでくれたことにとても感謝しています。
そして、上では世間の目はなんたら・・・と書きましたが
そんな面もありますが、逆に周りの優しさにも驚いています。
温かい人も多く、支えてくれる人も多く、そんな仕組みもあり、これも感謝ですね。
本当に支えられることばかりです。